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福岡地方裁判所 昭和42年(ワ)1407号 判決

原告 岩崎喜三郎 外一名

被告 福岡市

主文

原告等の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

一、原告等

1  被告は、原告各自に対して金四六九万二、二五四円および昭和四三年二月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二、被告

主文同旨

第二、当事者双方の主張

一、原告等の請求原因

1  昭和三九年一一月三〇日当時、原告等の長男訴外亡岩崎有耕は、福岡市立堅粕小学校六年生として在学していたものであるが、同日午前一〇時一〇分頃、当時の学級担任訴外林カヲリ教諭より、右小学校に賓客を迎えるため右小学校校舎三階六年三組教室北側部分の廊下の清掃を指示され、ワツクスを使用し他の級友と共にこれに従事中、右有耕は他の級友約四、五名と一列横隊に並び教室の前の廊下を雑布で拭き始めたところ、同級生の訴外真名子武弘が、右廊下の反対側から雑布がけを始め右有耕の方へ向つて突進して来たため、同人は右有耕に衝突し、よつて右有耕は閉鎖性脳挫傷により翌一二月一日午前七時三五分死亡するに至つたものである。

2  本件事故は、前記担任教諭の指導監督に過失があつたため惹起されたものである。

(一) 本件清掃は右担任教諭の指示に基づき授業の一環としてなされたものであるけれども、それは前記の如く右小学校に賓客を迎えるため室内を整備する趣旨で特別に実施されたものであつて、小学校教育本来の目的から逸脱したものである。かかる清掃を生徒に指示強制したことは明らかに過失である。

(二) 更に、右清掃はワツクスを使用して実施中であり滑り易くて危険度が高く、かてて加えて、本件現場の廊下には学級総数の約半数に当る男生徒二五名前後が清掃に従事しており、その人員に比較して右廊下は狭隘で混雑している状況であつたのであるから、担当教諭としては、思慮、判断力が未熟で、しかも突発的行動に出易い小学校六年生男子生徒の特徴を充分考慮し、生徒間に事故が生じないよう事前に注意を与えまた清掃現場においても生徒各自に腰を降ろさせ場所を固定させてその周辺を清掃させる方法を実施する等、充分な指導監督をし事故の発生を防止すべきにもかかわらず、これらの行為を怠り漫然と前記の如き方法で生徒に清掃の実施を強制したため本件事故が発生したのである。

3  以上により原告等は次の如き損害を蒙つた。

(一) 得べかりし利益の喪失

右有耕は本件事故当時小学校六年生(一二歳)であつたが、身心健全であり本件事故により死亡しなければ当然中学校を卒業就職することは明かである。右有耕の平均余命は約六八歳(第一〇回生命表によれば五五・九七歳)であり、通常労働者としての稼働可能年限は六〇歳が相当と考えるので右可能年数は約四六年間となる。

右有耕が中学校を卒業して製造業に通常の労働者として就職する場合、その平均月間給与は昭和四一年度において金三万五、三〇〇円であり、同年度における都市勤労者世帯の消費支出は最高時において一人当り金一万六、二〇六円であり、結局右有耕の月間平均収益は金一万九、〇九四円となる。

よつて、複式ホフマン式計算方法により四六年間に得られる収益を中間利息控除のうえ算出すると約五三八万四、五〇八円となる。

右有耕の死亡により原告等は各金二六九万二、二五四円づつ有耕の右請求権を相続した。

(二) 本件事故により、右有耕は、被告に対し、金三〇〇万円の慰藉料請求権を有しているが、右有耕の死亡によりその実父母である原告等は、各一五〇万円づつ右請求権を相続した。

(三) 右有耕は、原告等にとり唯一の子息であり、原告等は、同人の成長を唯一の念願として、その将来を期待しつつ生活して来たが、本件事故によりその希望もたたれ、その精神的苦痛は計り難いものがある。

よつて原告等は被告に対し、慰藉料として各五〇万円を請求する。

4  前記学級担任林カヲリ教諭は、被告所属の小学校に勤務する地方公務員であり、その行う教育作用(本件の指導監督を含む)は公権力の行使に当り、更に、本件事故における右教諭の所為は、その職務を行うにつき過失によつて違法に他人に損害を加えたものというべきであつて、被告は国家賠償法第一条第一項により本件賠償の責任があり、かりに右教育作用が同条にいう公権力の行使にあたらないとしても、民法第七一五条第一項に基づき被告は本件賠償の責に任ずるものである。

二、被告

1  請求原因に対する答弁および主張

(一) 請求原因に対する答弁

(1)  請求原因1の事実中原告等の長男亡岩崎有耕が昭和三九年一一月三〇日当時、福岡市立堅粕小学校六年生として在学していたこと、同日午前一〇時一〇分頃、当時の学級担任訴外林カヲリ教諭の指導監督のもとに原告主張の場所を原告主張のとおりワツクスを使用して清掃中であつたこと、右清掃中前記有耕が同級生の真名子武弘と衝突し、よつて右有耕が閉鎖性脳挫傷により翌一二月一日午前七時三五分頃死亡したことは、いずれも認めるがその余の点は全て否認。本件清掃は後記の如く学校行事等としての月末大掃除の一環として実施したものである。

(2)  請求原因2の事実中、本件清掃が前記林教諭の指示に基づき授業の一環としてなされたものであることは認めるが、その余の点は全て否認。

(3)  請求原因3の事実中、右有耕が死亡当時一二歳であつたこと、右有耕が原告等の唯一の子息であつたこと、は認めるが、その余の点は争う。

(4)  請求原因4の事実中前記林教諭が、被告福岡市所属の小学校に勤務する地方公務員であることは認めるが、その余の点は全て否認。

(二) 主張

(1)  本件清掃は学校行事の一環であり学校教育の目的を逸脱したものではない。すなわち、本件清掃は前記の如く、月末大掃除の一環として実施したものであるが、右大掃除は、地方教育行政の組織および運営に関する法律に基づき、福岡市教育委員会が定める福岡市立小中学校管理規則第六条により編成される教育指導計画の中で教育計画の一環として採用実施されているものである。しかして右教育指導計画は文部省が発表する小学校学習指導要領の基準により編成されるものである。福岡市教育委員会では右法規および学習指導要領のほか、教育基本法、学校教育法施行規則に基づき、「福岡市小学校行事等について」を発表し、小学校における大掃除等の清掃活動の具体的展開例を示している。本件清掃は右に述べた学校行事等としての月末大掃除の一環として実施したものであつて、原告が主張するように賓客を迎えるための目的でなされたものではない。

(2)  岩崎有耕の死亡は、同人の自招行為によつて発生したものであつて、学級担任林カヲリ教諭には過失がなかつた。

(イ) 本件の如くワツクスを使用しての清掃作業は、堅粕小学校においても過去二回実施したことがあるほか、被告福岡市所属席田小学校、那珂小学校、長尾小学校その他において実施されており、しかしながら右ワツクスを使用したがために本件の如き事故は発生しておらず、堅粕小学校だけが、しかも本件に限り特に生徒に対して特別な作業を行わしめたものではない。

(ロ) 本件清掃については、まず事前に前記林教諭より学級生徒全員に対し、本件作業は学習の一環として施行するのであり、授業であるから静粛かつ丁寧に拭込むこと、人数が多いから、他の学友の迷惑にならぬよう移動しないで自分の定められた位置で拭込むこと、立上つて勝手に滑らないこと等の注意を与えた。

生徒は、右注意を守り、拭込みも大体終了したので女子生徒を教室に入れ、男子生徒一五名で最後の拭き上げを行うため、これを廊下の西側(教室の西側出入口附近)に集めたうえ、更に大要次のような注意を与え、右男子生徒を、一組四名構成の集団三、一組三名構成の集団一の四組に組分けし、廊下の磨きにかからせた。

横隊に一列に並んで進行し、各自勝手な行動や無暗に走つて拭いて行つたりしないこと

一方から他方に進んだ最初の組は、後続の三組が全員同じ側に来るまで待機すること

その後、最初の組から又もと居た側へ順次拭き進み、これを繰り返えすこと

(ハ) 林教諭は、右の如き注意を与えた後、教室西側入口に立つて、作業開始を命じ、指導監督にあたり生徒は、前記組分けにしたがつて、その構成員が横隊となつて最初の組から順次東側に拭き進み、全員が東側に行き終つたので、引続き西側から東進したと同一方法をもつて西側に全員拭き進み、一往復を終えたが、生徒達は林教諭の前記注意を充分に理解し作業は整然と進行した。

(ニ) そこで再び同一方法で作業を開始し、最初の組から東側に順次廊下を拭き進ませ、三組が東側に着き、最後の組が東側に向つて拭き進み中、同組が未だ東側に到着していないのに、既に到着して最前列に待機していた組の構成員四名が突然再び向うべき方向である西側に向つて拭き進もうとした。これを目撃した林教諭は「危い」と大声で叫んで廊下を東側に走つて行き、これを制止したが、内二名はその場に止まり、他の二名はそのまま拭き進んだ。その結果右拭き進んだ二名の内の一人である岩崎有耕は、東側に向つて拭き進んで来る真名子武弘と正面衝突し、その頭部をぶつつけたのである。岩崎有耕と共に西進した他の一名は林教諭の「危い」と注意する声を聞いているから、岩崎有耕も又林教諭の右注意、制止を聞いているはずである。

(3)  右に述べたとおり、本件事故は、岩崎有耕の自招行為の結果発生したものであり、指導監督に当つた学級担任林教諭には何ら過失がないのであるから、被告が民法第七一五条第一項に基づく責任を問われる理由は存在しない。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

第一、国家賠償法第一条第一項に基づく請求について

一、請求原因事実中原告等の長男亡岩崎有耕が昭和三九年一一月三〇日当時、福岡市立堅粕小学校六年生として在学していたこと、同日午前一〇時一〇分頃、当時の学級担任訴外林カヲリ教諭の指導監督のもとに授業の一環として原告等主張の場所を原告等主張のとおりワツクスを使用して清掃中であつたこと、右清掃中前記有耕が同級生の真名子武弘と衝突し、よつて右有耕が閉鎖性脳挫傷により翌一二月一日午前七時三五分頃死亡したこと、前記林教諭が被告福岡市所属の小学校に勤務する地方公務員であること、はいずれも当事者間に争がない。

二、1 先ず、小学校の教育作用が国家賠償法第一条に規定する「公権力の行使」に当るか否かについて判断するに、同法第一条の公権力の行使という要件には、狭義の国または地方公共団体がその権限に基づき優越的意思の発動として行う権力作用のみならず、国または地方公共団体の行為のうち右の如き権力作用以外の非権力的作用(ただし、国または地方公共団体の純然たる私経済作用と同法第二条に規定する公の営造物の設置管理作用を除く)もまた包含されると解するのが相当である。したがつて、本件の如く、小学校の授業の一環として実施された清掃作業中発生した生徒の人身事故についても、同条の適用があると解すべきである。

2 本件事故の際の学級担任林カヲリ教諭の過失の有無につき判断する。

(一)  原告等が請求原因において主張する右林教諭の過失の存在については、証人河野誠一の証言および原告等両名本人尋問の各結果において、右主張にそうが如き供述が存する以外には、これを認めるに足る証拠がなく、右証言および本人尋問の各結果は、後記各証拠と対比して、たやすく信用できない。

かえつて、成立に争のない乙第一号証、第二号証、第三号証の一、二、第四号証の一、二、第五号証、第六号証、証人水上秀生の証言により真正に成立したと認められる乙第八号証、証人水上秀生、同林カヲリの各証言を総合すれば次の各事実が認められる。

(1)  地方教育行政の組織及び運営に関する法律に基づき福岡市教育委員会が定める、福岡市立小中学校管理規則第六条によれば、学校の学校行事等を記載した教育指導計画は、学習指導要領の基準により校長が編成し、校長は毎年四月末日までにその学年度において実施すべき教育指導計画を教育委員会に届け出なければならないことに定められており、福岡市教育委員会は、福岡市小学校学校行事等についてなる文書をもつて被告福岡市における学校行事等の基本的態度と運営を明確にし、その具体例を挙示している。それによると、小学校が実施する大掃除は、学校行事の一環として組み込まれており、堅粕小学校においても、右諸規定等に則り、本件事件の発生した昭和三九年度当初、昭和三九年四月末頃、右教育指導計画が定められ、同時に右年度における清掃行事も学校行事の一つとして立案決定されていたところ、本件事故当日の清掃作業は、右計画に基づき、月末大掃除、しかも床磨き清掃として具体的に実施され、ワツクスを使用しての清掃も年二回のうちの一つとして右計画中に予定されていたものである。偶々本件清掃と同校において行われた他校教諭を招いての研究会とは時期的に接着していたけれども、右研究会の同校における実施は、同年六月下旬頃決定されたもので、本件清掃の実施とは、かかわりないものである。しかも、本件清掃は、それに関係する六年生の担任教諭等が実施の前週にその実施方法を協議したうえでなされたものである。

(2)  前記林教諭は本件清掃にあたり、まず事前に学級生徒全員に対し、本件清掃作業は学習の一環として施行するのであり隣りの六年生二組が授業中でもあるから静かにかつ丁寧に拭込むこと、人数が多いから他の学友の迷惑にならぬよう移動しないで自分の定められた位置で拭き込むこと、立上つて勝手に滑らないこと等の注意を与えた。その後約三七名の学級全員が廊下に出て、自分の定められた場所に、一人が五〇センチメートル位の間隔でしやがみ込み、ワツクスを塗り込む作業を約一〇分位行つた。その間右林教諭は、生徒間を見廻り歩き指導監督を続けたが、予め右拭き込み作業を約一〇分位した後最後の仕上げ作業を実施する計画であつたところから、女子生徒を教室に入れ、男子生徒一五名をもつて、右仕上げ作業を行うことにし、これを廊下の西側に(教室の西側出入口附近)に集めたうえ、更に大要次のような注意を与え、右男子生徒を、一組四名構成の集団三、一組三名構成の集団一、の四組に組分けし、廊下の磨きにかからせた。

横隊に一列に並んで進行し、各自勝手な行動や無暗に走つて拭いて行つたりしないこと、

一方から他方に進んだ最初の組は、後続の三組が全員同じ側に来るまで待機すること、

その後最初の組から又もと居た側へ順次拭き進み、これを繰り返すこと、そして拭き進むときは必ず一方交通にすること、

林教諭は、右の如き注意を与えた後、自分は教室西側入口に立つて作業開始を命じ指導監督にあたり、生徒は、前記組分けにしたがつて、その構成員が横隊となつて最初の組から順次東側に拭き進み、全員が東側に行き終つたので引続き西側から東進したと同一方法をもつて西側に全員拭き進み一往復を終了したが、その間生徒達は、岩崎有耕をも含めて全員が過去において同一方法で作業を実施した経験もあつて、林教諭の前記注意を充分に理解し作業は整然と進行した。そこで再び同一方法で作業を開始し、最初の組から東側に順次廊下を拭き進ませ、三組が東側に着き最後の組が東側に向つて拭き進み中、同組が未だ東側に到着していないのに、既に到着して最前列に待機していた組の構成員四名が、突然、全員到着して後に再び向うべき方向である西側に向つて拭き進もうとした。教室西出入口附近で生徒の作業状況を見守つていた林教諭は、右状況を目撃し、大声で「危い」と叫んで廊下を東側に走りこれを制止せんとしたものの、時間的余裕なく内二名が林教諭の制止の叫びでその場に止まつたにとどまり、他の二名はこれにかまわずそのまま拭き進み、その結果右拭き進んだ二名の内の一人である岩崎有耕は、東側に向つて拭き進んで来る真名子武弘と正面衝突し、その頭部をぶつけ、本件事故におよんだものである。

(二)  右認定に照らすと、原告等が主張する本件事故当時学級担任林教諭の指導監督に過失があつたとの主張は、これを認めるに足りない。

三、よつて原告等の国家賠償法第一条第一項に基づく本訴請求は、原告等のその余の主張について判断するまでもなく、理由がない。

第二、民法第七一五条第一項に基づく請求について

一、民法第七一五条第一項に基づき、使用者が被用者の行為につきその責任を負うためには、その前提として右被用者の行為が不法行為としての一般的要件を具備している必要があると解すべきである。

二、しかるに、本件事故において、当時清掃作業の指導監督にあたつた学級担任林教諭に過失があつたと認めるに足らず、したがつて、また同教諭につき不法行為の成立を認めるに足りないことは、前記国家賠償法第一条第一項に基づく請求において認定したとおりである。

そうであるならば、原告等の民法第七一五条第一項に基づく本訴請求もまた、その前提となる、被告の被用者である前記林教諭の不法行為の成立存在を欠くこととなり、原告等の民法第七一五条第一項に基づく本訴請求は、この点において既に理由がなく、結局、原告等のその余の主張につき判断するまでもなく、右本訴請求もまた理由がない。

第三、結論

以上の次第で、原告等の本訴請求はいずれも理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鳥飼英助)

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